ベジタリアンを辞めました
なんとなく気付かれているかもしれないんだが
ベジタリアンを辞めた
いや、元々、肉嫌いだったし
今でも、あんまり沢山肉類を食べると、気持ちが悪くなるんだけど
心のどこかで、ベジタリアン的思想というか
仏教的な不殺生のようなものが、それに拍車を掛けていた気がする
でも、考えてもみよう
動物がダメで、植物ならいいって、おかしくないか?
可哀相だからか?
だったら可哀相じゃない生き物ならいいのか?
それってご都合主義でないの?
植物だって命だろうに
真に不殺生を掲げるならば、例外などあってはならないはずだ
でなければ、ただの自己満足と、自己愛を満たすだけの代物でしかなくなってしまう
だが、そんな事はオレ達が生物である以上不可能だ
何者の命も奪わずに、生存できる生物など、殆ど居ない
厳密に推し量れば、オレ達の体内ですら
刻一刻、微生物や細菌を殺している事になるのだから
おかしいな、どこかで仏の前では全て平等などと聞いたぞ
何か矛盾してはいないだろうか
本当に平等であると説くならば、いかなる生命であっても差別無く扱わねばならないハズではないのか?
特別扱いは無しだろう?
ああ、不殺生など、まやかしだ
オレはオレの自作した哲学に従おう
とりあえず、言えるのは
食わずに食べ残しをするのが一番良くないということ
これでは、死んだ生き物も、仕事のし甲斐がないと残念がる事だろうからな
まあね、ぶっちゃけると
基本、人間のお花畑はともかく
自然界では、生と死っていうのは等価だと思うんだよね
食われた方は、あちゃーって感じだけど
食ってる方にとっては生きる喜びそのものな訳
いや、喜怒哀楽なんて、そんな軽薄な例えは適さないか
何もかも巨大な水溶液のプールに溶けた、塩みたいなもの
その中でただ、濃度や結晶の変移が起こっているだけ
「全ての命は尊い」
というか、命だけではないな、本当は塵一つとさえ境目などありはしないのだから
故に、この全てというのは、巨大なプールそのものを指しているのではないだろうか
オレはそう思うようになった
だから、今は肉を食べられるようになったのだ